速読法をみにつける



速読法とは、効率よく、かつ短時間で本を読む事ができるスキルの事を指します。例えば、読書が趣味という人であれば、それまで1日に1冊、あるいは1章までしか読めなかったという人が、2冊、3冊と読めるようになるのです。そんな、限られた時間で少しでも多くの本を読もう、という考えから生まれたのが「速読法」です。その役に立つのが速読法なのです。

読書の頻度は、今の日本では急激に薄れてきています。速読法というのは、日常生活、仕事、そして趣味と、あらゆる時間で有効に使用できる技術と言えます。家でやらなければならない事を減らす事もできますし、自由時間の確保にも役に立ちます。また、どうしても資料に目を通さなくてはならないという人が、効率よく仕事ができるようにもなるでしょう。

実際、社会人になると自由に使える時間はかなり制限され、趣味が読書という人でも、その読書量はだいぶ少なくなるというのが一般的ではないでしょうか。つまり、速読法というのは字を丁寧に書ける、編み物が上手いなどといった、日常で役に立つ技術のひとつなのです。活字離れが叫ばれて久しい現代社会において読書をする機会は、学生から社会人になるとなかなか現れないのが現状です。この技術を身につけることで、時間を有意義に使う事ができます。

一日の時間というのは、どのようなお金持ちでも、高貴な身分であっても、24時間と定められていますよね。この24時間をどう有効に使うかというのは、人生において非常に大きな意味を持ちます。これは絶対に覆す事のできない事実です。



速読と日本

90年代に入って、家庭用ゲーム機の普及はさらに進み、同時にアミューズメントパークなどのゲームセンターも大きなブームを迎えました。しかしその一方、家での遊びや一人で過ごす方法は比較にならないほど現代の方が多くなりました。ただ、外で遊ぶという選択肢の中には、自由に使える土地が極端に減った現代よりは、昔の方が多様化されていたかと思います。今、日本という国は非常に大きな活字離れの波が押し寄せています。

1970年代までの日本は、娯楽といえば外で友達と遊ぶか、家で友達と遊ぶか、一人で過ごすかの3択でした。そんな中、速読法という技術は、果たして今需要があるのでしょうか?答えは、YESです。これ自体は今もほとんど変わりません。インターネットと携帯電話の普及により、活字自体から離れる若年層が増えました。

80年代にテレビゲームが普及した事で、一気に外で遊ぶ人が減り、同様に読書をする人の数も減りました。そして2000年代。それは、速読法は様々な面で応用が利くからなのです。これには明確な理由がいくつもありますが、その中でも特に大きいのは、携帯電話の普及をはじめとした娯楽の多様化です。

特に、一人で過ごす際の娯楽といえば、それまでは読書だったのですが、ゲーム機の普及によって、その立ち位置は逆転しました。本を読むという習慣が、他の娯楽に埋もれてしまったのです。むしろ今の時代の方が、速読法に対しての需要は高いと言えます。また、90年代は音楽も非常に大きな流行を生み出し、10代20代の層は読書よりそれらの娯楽に興じました。



速読にも歴史があります

速読という技術が実践されていたのは、果たして何年前からなのでしょうか。これは、はっきり言って誰にも特定はできないでしょう。よって、恐らくは大昔から行われていたであろう、と推測はできても、実際に最初に誰が思いついたのか、それはいつか、といったことはわかりません。速読法というと、何となく現代社会が生み出した技術で、生まれたのはつい最近では?というイメージがありますよね。

あくまでも日常生活などの中で、個人が発揮する技術です。しかし、実際には速読法には結構長い歴史があります。そんな速読法の歴史について、少し紐解いてみましょう。というのも、速読を教える塾などの中には、数十年前から活動している所が多いからです。

時代の流れと共に変化する速読という技術は、非常に柔軟な文化と言えます。ですが、速読自体の歴史としては、今から数十年前には確実にひとつの技術として伝授されています。その時点で、もう速読のノウハウは確立しているわけですから、さらにその前から速読というものが行われていたという事になります。速読は、ある意味その時代を反映させる技術と言えるかもしれません。

一昔前の速読と今の速読とでは、主とする部分が結構違います。というのも、この速読法という技術は、公式の記録として残される類のものではないからです。その為、例えば誰かが速読法を開発し、それを使用していたとしても、せいぜい回りに自慢するくらいで、日本全国に広がるという事はなかなかありませんよね。それは、進歩であると言えるのかもしれませんが、現代の時代背景に合わせた結果ともいえます。



速読の今と昔

速読というのは、字を速く読むのではなく、イメージを素早く焼き付けることである、という考え方に変わったのです。まず、数十年前の速読を分析してみましょう。ビジネス文章の速読、小説の速読、教科書の速読。しかしその一方、習字などのような一定の知名度がある技術として確立しているわけではありません。ある意味、速読み大会で優勝する為の技術といった感じだったのかも知れません。

本を早く読む事のみに焦点を置いていたといっても過言ではありません。速読法というのは、だいぶ昔から確立していた技術です。いずれも目的は違いますが、その目的の違いによって速読方法も変わりました。それが欧米文化が取り入れられて以降、やや変化が現れました。その時代時代に合った方法で教えられているようですね。

速読法というのは、まだ日常に使用するスキルのひとつ、あるいは特技といった形で認識されているのが一般的です。写真に取るように、映像としてのイメージを素早く脳に焼き付ける事で、理解を早めるといった技術です。そんな速読法ですが、知名度的にはそれほど大きな違いはないものの、その技術の形式、あるいは中身といったところは、今と昔ではかなり違います。例えば、教科書の場合は試験に出る部分を重点的に理解しつつ、速読して行くという感じです。

あらゆるものが多様化した今だからこそ、成り立つ技術と言えます。これにより、速読法は一気に進歩を見せました。この頃の速読は、とにかくスピード重視でした。そして、今はここからさらに変化し、目的別の速読というものが生まれました。



速読のメリット

速読法というのは、一朝一夕で身につくスキルではありません。かなりの本を読み、その中で速読を意識する事で、徐々に身になっていくのです。別の趣味にあてるもよし。さらに別の本を読むもよし。これは、大きなメリットと言えるのではないでしょうか。そこまでして速読法を身につける人が多いのは、当然ですが速読法にそれだけのメリットがあるからなのです。

睡眠にあてるもよし。もちろん、その本の分厚さによって大きく変わるので、ここでは250ページ程度の文庫本を例に挙げてみます。この速読法で浮かした1時間30分は、まさしく自由時間です。もちろん、しっかり中身を把握し、堪能した上での30分です。通常1冊しか読めない時間で4冊読めるのです。

一気に読めばもう少し早く読みきれるでしょうが、そこまで集中が続くかというと、難しいところだったりします。読書が趣味の人ならば、同じ厚さの本を後3冊読めます。それこそ、時間を忘れるくらいのめり込めば話は別でしょうが、ある程度休憩を挟みつつ、というのが普通の感覚でしょう。まず、一番のメリットといえば、やはり時間の短縮でしょう。早い人となると、この量を30分程度で読み終える事ができるようです。

2時間かかるものを30分となると、これは相当な時間短縮といえます。そのメリットについて、いくつかご紹介していきましょう。通常、一冊の本を読むのにかかる時間はどれくらいでしょうか。では、速読法を身につけた場合、これがどこまで短縮可能なのでしょう。これくらいの文量だと、普通の人で大体2時間?3時間くらいはかかるようです。



知識量が増える

速読法というのは、一日の密度をより濃密にする事ができる技術なのです。自分だけなく、その知識は回りの人に対しても好影響を及ぼす事になるでしょう。そして、本を早く読むという事は、それだけ多くの量の知識を単位時間内に取り込むことができるということです。エッセイならば、実体験を基にした情報を溜め込む事ができるでしょう。情報誌であれば、そのままその情報を知識として詰め込む事もできます。

人の役に立つ人間になれるという意味では、大きなメリットと言えるのではないでしょうか。小説などの物語ならば、そこに潜むテーマであったり、単純に娯楽であったりを知る事で、知識として蓄積します。そんな速読法のメリットとしては、時間短縮と関連して、知識量を増やすことができるという点も挙げられるでしょう。速読法によって、読書の時間を大幅に短縮する事ができます。

人の学は必ずしも知識量に比例するわけではありませんが、知識が多ければそれだけ生きる上で役に立つ事を多く知っていると言えます。そしてそれは、同時に様々な事を行う事ができるようになる、という事でもあります。それはつまり、自由な時間を一日の間でより多くする事に繋がります。資料なども同じです。

本というのは、知識の塊です。本を読むという事は、その本の情報、知識を取り込むということに繋がります。それはつまり、それだけの量の知識を頭の中に詰め込めるという事なのです。通常の数倍の速さで本を読めるという事は、同じ時間内で数倍の量の本、文章を読む事ができるという事に繋がります。

集中力が増す

速読法のメリットの中には、集中力の強化というものもあります。何事に対してもそうですが、集中力のある人とない人では、その行動、作業の効率が大きく変わってきます。三度机に向かいますが、空腹が満たされた事で眠くなってきます。同じ時間でも、その中身は倍以上の勉強量の差となっていくのです。その8時から4時間、勉強をするとしましょう。このような状態というのは、多くの学生が該当するようです。

30分学習を行った後、休憩と称して一度机を離れ、コタツに入り、テレビを見ます。今度は小腹が空いていたので食事を取り、1時間ほど休憩してしまいました。例えば、学校から午後6時に帰宅したとします。しかし集中力がないと、もって30分です。というのも、速読法というのは、集中力が一定以上ないと発揮できない能力だからです。速読法を身につけるということは、それだけ集中力を高める必要があるのです。

集中力がないと、どうしても勉強ははかどりません。そして再び机に向かいますが、また30分くらいで集中力が切れ、休憩します。まず、とりあえず机に向かい、問題集を解いていきます。例えば受験勉強などがその最たる例です。そこから、30分ほど無駄な時間を過ごします。

4時間という時間をほぼフルに使用して、勉強に励む事ができます。ここで、集中力のない人は、非常に効率の悪い勉強法で時間を無駄に使っていきます。一方、速読法で集中力を鍛えている場合はどうでしょう。結局、4時間あった中でしっかり勉強したのは2時間未満という事になりました。そこで夕食を取り、お風呂に入り、自分の部屋に帰ったのは8時でした。

速読法は応用もききます

どうなれば、回りからは気の利いた人間だと認識されるでしょう。実は、速読法というのは受験に大きく役立つ技術として注目されているのです。つまり、速読法という技術は、本を速く読む事を目的としつつも、それによって身につけた能力というのは他の分野に応用できるものばかりという事になります。速読法というのは、文章を頭の中に入れる速度、内容を理解する速度、情報を分析・解析する速度を上げるというのが基本です。

あらゆる面での応用が利くのが、速読というスキルなのです。もちろん、それが一番効果を発揮する部分ではありますが、本を速く読む以外にも、様々な面で応用が可能です。速読法自体、教科書や問題を読むなどの中での時間短縮に繋がり、かなり有利にはなりますが、認識力を上げる事で、問題の意図をいち早く察知し、答えを導き出すスピードを上げる事に繋がります。この他にも、日常生活の中で速読を必要とする行動は結構あります。

新聞を読む、インターネットのニュースサイトを見る、会社の重要な書類を理解する、などという場合、速読法は非常に役立ちます。認識力の増加は、勉強に役立ちます。例えば、洞察力が増す事で、気の利いた人間になれます。分析力の向上も、問題を解く上で役に立つでしょう。

相手が何を欲しているか、この場には何が足りないのか、などといった事に対し、いち早く対処できる人間になれるのです。これには、単純な読む速さだけでなく、認識力や分析力、あるいは洞察力などの強化が必須です。速読法というのは、単に本を速く読む為だけの技術には留まりません。

消耗には気をつけましょう

かすみ目やものもらいの原因になる事もあるかもしれません。速読法というのは、非常に体力を消耗する技術なのです。本を速く読む事ができるということは、文章を早く読む事ができ、尚且つ高い集中力を身につけた状態です。慣れてしまえば問題はありませんが、慣れるまでの過程においてはどうしても体力を使う事になります。速読は、体力や目の疲労と引き換えに本を速く読む技術ではありません。

慣れるまでは、一日30分程度の訓練でいいかと思います。よって、日常生活、仕事、勉強など、あらゆる局面でその効果を発揮する事ができます。つまり、無理はしないという事ですね。ですから、最初からこなしている気になって速読を行うのではなく、徐々に、少しずつ慣らしていきましょう。速読法は、基本的にはメリットばかりの技術です。

慣れないうちは、かなり苦労する事になるでしょう。一方、そんな速読法にもデメリットは存在しています。自然に読むスピードが上がるというものです。そういった状態にならない為には、まず過度な速読と読書量を守る事です。そこから徐々に慣らしていけば、極端に疲労することもないでしょう。

多くの人が経験した事があるかと思いますが、本を速く読むというのは、非常に疲れます。体力、精神力共に消耗し、特に目が相当疲れきった状態になります。この消耗によって、日常生活に影響が出てくるというのが、速読法のデメリットのひとつです。特に、目の疲れは状況によっては深刻になる場合もあります。

依存しすぎないことも大切です「

体力増強や疲労回復を早めるものではありません。速読法は、本を速く読み、その内容をスムーズに理解できるようになる技術です。ですが、あまりに本に傾倒しすぎると、現実に帰る事を拒み、本の世界の中だけで生きたいという感情が生まれてきます。依存というのはどういうことを指すのでしょう。そうなると、現実逃避という状況になってしまうでしょう。

簡単に言えば、疲労や消耗、あるいは現実逃避の元になるという事です。そうなると、本を読む事が止められなくなります。その為、速読が可能となったからと言って、一日の読書量、読書時間を格段に増やしてしまうと、翌日に大きな影響が出てきます。それでもなお読書をやめなくなると、学業、仕事に悪影響が出てくることは間違いないでしょう。最初は一日1時間だった読書が、2時間、3時間と増えていく事に繋がる可能性は高いでしょう。

寝不足、目のかすみや充血など、目に見えて症状が現れてくるはずです。この段階であれば、まだ何も問題はありません。では、この状態の何がデメリットなのでしょう。それは、依存です。頭の中に入ってくる活字の理解の速度も格段に増し、読書がこの上なく楽しくなってくるのです。

速読法というのは、ある程度身につけると驚くほど速く本を読む事ができます。速読法におけるデメリットは、体力や目の消耗の他にもあります。それが、依存状態です。また、読書というのは現実から一時離れ、物語の世界に浸るという一面もあります。

文庫本を一冊30分で読めるのが目安です

速読法というのは、その本の用途をしっかりと満たした上で、読書スピードを格段に上げる事に意味があるのです。ただ流し読みするだけでは無意味ですよね。速読法というものがどのようなものなのかを理解するには、まず目安となるものが必要でしょう。ここで注意したいのが、この30分の間における読書スタイルです。平均すると、8?9万文字くらいでしょうか。

10万文字くらいだと、やや多めという感じです。それを知った上で、それが今の自分とどれくらい違うのか、速読法を身につけることでどれくらい時間を短縮でき、どの程度自由な時間を確保できるのかという事を理解できれば、自ずと身につけるための意欲も沸いてくるというもの。速読法を身につける上で、まずはどの程度の速さで本を読めるようになるかという事を知っておく事は、とても重要です。しっかりと内容を頭に入れておかなければ、本を読む意味はありません。5万文字だとかなり少ないと言えるでしょう。

文庫本サイズというのは、平均的な読書の速度だと2時間くらいはかかると言われています。同時に、それが物語であれば、その本そのものを楽しめなければ読書の意義が問われます。速読法における基本的な読書スピードは、文庫本一冊を30分で読むくらいです。そういう意味でも、ある程度の目安というのは知っておいて損はありません。

30分で200ページ以上の文章をすべて読み終え、尚且つ中身を理解し、さらには楽しむというのは、容易な事ではありません。これくらいの文字数を30分で読みこなせれば、立派な速読法マスターと言えます。もちろん、同じ文庫本でも、中身がほとんどないもの、行間が開いているもの、文字が大きいものなど、色々と差があります。しかし、これが速読法における平均的なスピードと考えて良いでしょう。

最初の5分に集中しましょう。

本の内容を把握する為には、まずその本の特色、テーマ、あるいは文体など、あらゆる情報を入手する事が重要です。ここでしっかりその本の概要、あるいは訴えたい事、もしくは性質といったものを把握できれば、その後の25分、有意義な読書ができるでしょう。では、そういった内容把握力はどうやって身につけるのでしょう。本には、例外もいくつかあるものの、大体構成として「起承転結」というものがありますよね。あるいは、解説本などの場合は、「最初に」「はじめに」「プレビュー」などという項目があるかと思います。

読書の意義そのものが問われてきます。そのためには、最初の5分でどれだけテーマや特色を理解できるかにかかっています。文字を速く読むのと同時に、内容を頭の中に入れ、それを理解する速度も問われてくるのです。文字ばかり速く読めても、肝心の中身が頭に入らないようではちょっと問題です。ここで、まずその本に対しての内容把握を行う事が、速読法の基礎と言えるでしょう。

ひとつの方法としては、最初の5分を有効に利用する事です。速読法における基本は、文字を読む速度そのものにあるでしょう。その為、最初は文字を読む事そのものに対しての訓練を行う必要があります。ですが、さらにその前に「プロローグ」というものがあります。この文書はこういうことを言いたいのか、などという理解は、その本の特色やテーマを知る事で、かなり短縮できるのです。

5分というのは、人間が最も集中できる時間と言えます。それを行えば、後は中身に集中できます。それが遅いと、なかなか速読法を身につけることは難しいかもしれません。そして同時に、速読法に必要なのは、内容を理解するスピードです。

専門書や論文などの特殊な速読とは

物語とは違い、こういった書物の場合は必ずしもすべての内容を読破する必要があるかというと、そうとは限りません。これらの書物を読む場合、目次をどれだけ速く、正確に把握するかというのが大きなウエイトを占めます。目次の中から、自分の目的に沿った項を見つけ、その部分だけをまず読むようにしましょう。何かがわからないからその本によってその部分の知識を補う、あるいは必要な文献を抜き出す、などの作業を行うのが、専門書や論文などを読む一番の動機となるでしょう。

専門書や論文を読む場合は、まず自分の目的をはっきりとさせる事から始めます。速読法の根底にあるのは、そういう事ではないはずです。というのも、こういった本を読むにあたって、その目的とするところは、多くの場合は「自分の現在行っている作業の補填」だからです。

速読法は、1から10まで順番どおりに読むとは限らない技術なので、その辺りの事をしっかり学んでおかないと、ただ本を速く消化するだけのものに成り下がってしまいます。そして、その目的を達成できると思われる項目を探す為、目次をしっかり確認します。そういう場合は、必ずしも1から10まで読む必要はないのです。

速読法というのは、読む本によって方法論が根本的に変わってきます。では、専門書や論文などを読む場合はどうでしょう。というのも、例えば物語であれば、その内容を楽しむために読むわけで、しかもそれが推理小説などの場合は、最初からしっかり順を追って読まなければ、その面白さがスポイルされる危険性が極めて高いからです。

流し読みはよいか

200ページの本を300秒、つまり5分で読む計算です。それは流し読みです。まず文体ですが、物語を読む上でこれは非常に重要です。速読法において、よくその是非を問われる技術があります。これもまた、速読のテクニックのひとつなのです。フィーリングが合うかどうかという次元の問題かもしれませんが、それも結構重要です。

自分にはあまりあわない、必要ないと判断できる本であれば、この5分で棚に戻す事ができます。ここがポイントで、流し読みに見出す意味が大きく分かれるところでもあります。流し読みがなぜ重要なのかというと、その1?2秒で判断できるものがあるからです。項に関しては、主に専門書などの場合に考慮していく事になるでしょう。では、実際に速読法においては流し読みは無駄な行為なのでしょうか?答えは否。それは、文体と文章の持つ雰囲気、そして項目です。

基本的には、1ページを1?2秒、ざーっと流して読むという感じですね。目次だけでなく、実際にそのページを開いてみる事も重要です。しかし、1ページを2秒読んだからといって、何がわかるのでしょうか。理由は単純で、内容をほとんど理解できない行為であり、時間の無駄と揶揄される事が多いからです。速読法において、流し読みは結構重要だったりします。流し読みというのは、簡単に言えばパラパラめくって拾い読みしていくというものです。

1人称なのか2人称なのか、癖があるのか、稚拙ではないのか、堅いのか、などの判断は、1ページ1秒でも十分可能です。拾い読みと言っても、実際にはあまり内容は吟味しません。これらのことを5分で吟味するというのは、結構重要なのです。また、雰囲気に関しても、なんとなくの部分で感じる事ができます。というのも、この時点で見切りを付けられるからです。通常、流し読みというのは、あまり良しとはされません。

抽出作業で効率アップ

抽出術のキモは、内容を繋げていくという点にあります。速読法というのは、何も読むスピードがすべてというわけではありません。一冊まるごとすべてが自分にとって大事な本というのは、物語でない限りそうはありません。単に目次を見て、そこから必要か書を探すというだけなら、難しくありませんよね。本の中にある抽出すべき箇所は、一箇所に固まっているとは限りません。

速読法において、特に専門書や論文などで必要とされるテクニックが、抽出術です。そういう事も踏まえた上で、自分に必要な情報だけを抽出できれば、それは非常に大きな時間短縮に繋がります。抽出術というのは、自分にとって必要な箇所を判定し、その部分を抽出して読むという技術ですね。それを見つける為には、最初に目をつけた項から重要な箇所をしっかり抽出し、そこに記されている別の重要パートを見つけるという作業が必要です。

まして、資料の一環として考えている場合、その本は情報の集合体であり、情報すべてに目を向ける必要がない事も多々ありますよね。題目だけでは判断できない、非常に重要なパートが存在している事もままあります。大事なのは、目次で見て必要な項を読み、そこからさらに必要なキーワードや一文を抽出し、それについて他に述べているところがないか探していくという作業です。これは速読法において、かなり重要な技術です。

いかに速く自分の目的を達成できるか、その本の中にある自分に必要な部分を暴けるか、という点も大事です。でも、これだけだとその本をフルに利用できたとは言い切れません。これを素早く行えるようになれば、速読法もだいぶ身についてきたと言えるでしょう。これもまた、速読法のひとつなのです。